犬服のオーダーメイド専門店《わんわんテーラー》です。

筆者の家には実はネコがいます。
スコティッシュフォールドとロシアンブルーのミックスで6.5kgオーバーのビッグボディ。
体のわりに声は小さく、ささやくように鳴きます。
毛皮を着ているのにクーラーが苦手で違う部屋に逃げていきます。
得意技はお座りとお手。
1ヵ月教え続けたらできるようになりました。
このお手がコミュニケーション手段として大いに役立っており、例えばちゅ~るが欲しい時はそばに来ておもむろにお手をします。
すっかり野生を忘れた猫です。
今日はワンちゃんとネコちゃんがどのように人と暮らすようになったかについてお話ししたいと思います。
ワンちゃんの祖先はタイリクオオカミだと言われています。
タイリクオオカミから分化し、ワンちゃんが人と暮らすようになったのは今から1万年前くらいという説が有力です。
1万年前というと、日本では縄文文化が栄えていたころで、縄文時代の遺跡からはワンちゃんの骨が出土します。
これまでの研究によると当時のワンちゃんは縄文犬と呼ばれ、小型であったものの人間と狩猟を共にしていたそうです。
大きな動物を狩るために戦い、大変な怪我をすることもありましたが人間が治療を行った形跡も残っているようで、死後は丁寧に埋葬されていました。
当時から生活のパートナーとして大切にされていたことがわかります。
弥生時代に入ると、朝鮮半島から渡来人が日本列島に渡ってきました。
その時に一緒に連れてこられたのが弥生犬です。
当時の大陸では犬を食べる風習があり(アジア圏では今でも食べる国もありますね)、その文化が日本にも伝わったため、食料とされることもあったそうです。
この犬を食料とする文化は近世では第二次世界大戦後の食糧難が改善する時代までひっそりと続いていました。
現代では、ワンちゃんたちはペットとして家族の一員となり、生活していますが、そのような時代があったのは考えさせられるところがありますね。
一方でネコちゃんと人間の関係は今から9500年程前に中東のアラビア半島付近でリビアヤマネコを家畜化したことから始まります。
エジプトからアジアを経由し、今から2000年前の弥生時代に日本にやってきたと言われています。
当時、日本では稲作が行われ始めた頃で、高床式の倉庫でお米を保存していました。
ネズミや虫の食害からお米を守る仕事をしたのがネコだったのです。
奈良時代には唐から日本に仏教が伝わったころですが、大切な経典がネズミにかじられるのを防ぐために唐のネコも船に乗って一緒にやってきました。
平安時代には唐から輸入されたネコ(唐猫)が平安貴族たちの間で飼われることがブームとなりました。
当時この輸入ネコはとても希少で高価だったため、首に縄を付けて座敷ネコとして飼われていました。
このネコをつないで飼うという文化はずっと後の安土桃山時代になるまで続きました。
安土桃山時代には明国と様々なものを貿易していましたので、もちろん高価なネコも輸入され、お金持ちの豪商などで飼われていました。
(運よく脱走した子は野良ネコとして悠々と暮らしていました)
安土桃山時代には人口増加に伴いネズミの害が増えた頃でもあります。
町の奉行所が「飼っているネコを放し飼いにすること。」というお達しを出し、町中のネズミ退治をさせました。
高価なネコを飼っていた飼い主は不満だったでしょうが、ネコにとってはやっと自由を手に入れたのです。
筆者の小さい頃は外飼いされているワンちゃんやネコちゃんも多く、危険は伴うものの自由に生活していました。
本人はどう思っているのかはわかりませんが、ベランダから外を眺めているうちのネコを見ると少しだけ切ない気持ちになります。